6月17日 (金)  雨の日、徒然・・

真偽の程は解かりませんが、東電が尾瀬を売りたい・・と、テレビか新聞で眼にした時、雨続きの空を見ながら、私が初めて尾瀬へ連れて行ってもらった日を思い出しました。
外田代からマイナーピークを歩き、背あぶりから雪融けのヨッピ川をスッポンポンで渡渉した事、私の山好きは、45年前の尾瀬から始ったようなものです。
人が多い山の鼻や十字路を、息を止めて通過すると、東電小屋は尾瀬の中でも別世界のように静かでした。
今回の事故に対する東電への批判や非難、あるいは検証等をひとまず横に置き、被災者への賠償や保証を優先に考えた時、一企業の賠償能力の限界や、国の責任とその肩代わりは避けて通れません。
ならば、同じ税金を使い、国が尾瀬を買い取る事は一つの案とも言える。
東電の偉い人達とお付き合いはありませんが、私が知る東電の人達(俗に言うぺ〜ぺ〜)はいい人達ばかりです。
ある、大雪の年、送電線の鉄塔が倒れ、神奈川でも大規模停電が続きました。
札掛では長期に渡り停電となり、屋根から降ろした雪の中に、女房が即席冷蔵庫をつくりました。
道路の除雪も侭ならない時に、「自然災害といえ、人の少ない山の中は、復旧が後回しになり申し訳ない」と、雪の中、食料を届けてくれたのは東電だけでした。
当事者企業の責任は当然の事だが、何もしない、何の反省もない国会議員の歳費を、向こう3年凍結するとか、退職議員年金を辞退するとか、議員宿舎を被災者に開放するとか、政治家が自ら実行して欲しい事は山ほどある。

写真は、45年前だったか・・、の尾瀬。
きれいだったナ〜・・、オレも若かった。
白黒写真の後、スッポンポンになって雪融けのヨッピ川を渡りました。

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