10月12日 (火)  一昨年の今日、豪雨だった。いま在る事に感謝。

「記念誌完成」
ゲラ1&2を校正し、見直したはずなのに、見返すと、まだまだおかしなヶ所があります。
もう遅いけどね。

歳を考えたら「次」はありませんが、万一元気なら、第2弾の反省材料にしましょう。
その時は記念誌的「公」?の本でなく、綺麗で面白おかしい丹沢物語にしたいです。

それにしても思ったのは、記念誌は10年単位(せめて20年)じゃないと無理・・が良く解った。
60年になると(例え50年でも)団体発足の切っ掛けはもちろん、様々な活動の経緯を知る人間が周囲に「いない」のだ。
ことに丹沢以外の、西は西表から北は北海道まで。
大雪が、早池峰が、白神がと思っても、周りから応えはない。
私がギリギリってとこ。

大雪や南鳥島に関しては「エ〜ッ!ウッソ〜!」なんて事もあったけど、これは今の段階じゃ、まだオフレコ。

ライターの会報抜き出しを一部叩き台に250ページのほとんどを一人で書いて、古い人(・・と言っても私と同年代)に見て貰って。
でも記念誌と言え、今日の私たち、明日の子供達がテーマなら、それほど昔の事に拘る必要もなかろう・・と開き直っって完成にこぎつけました。

編集・構成はもちろん、写真、表紙デザイン・イラストとすべて若い身内会員です。
手の届くところに人材がいたとは・・早く気付いていれば、春には完成していたかも知れません。
ただし、遅れたお陰で神奈川県・水緑行政の県民裏切りが加筆出来た。
それまでの行政と対比が出来た。
遅くなったのは悪い事ばかりじゃない。

「無理!」と言われてた発刊も植樹に間に合って、ひと安心。
本当はもう少し早ければ新聞社を回れたのに・・こちらはチョイと残念でした。
活動を応援して貰った新聞記者は多い。
少し落ち着いたら挨拶に回ろう。

写真解説
70年代の多摩川河川敷。
川も河川敷も子供達には、身近に在る生きた自然の教室だ。
しかし、生き物に触れ合う場、友達との遊び場は次々と奪われた行った。

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